ケースファイル 1
犬種:ポメラニアン
性別:オス
購入場所:ペットショップ
課題:家では予兆なく家族を本気噛みする・ 無駄吠え・フードガード
原因:飼い主の優しさと配慮が逆効果になっている
スカイラボで行ったトレーニングメニュー:訪問トレーニング1時間×2回 、お預かり訓練3泊4日
トレーニングを手伝った犬:スカイ、アイラ、ロナ
今回のポメラニアンは、他の客さまから飼っている犬についてとても悩んでいる知り合いがいるのでスカイラボを紹介したい、と話を受け、まず愛犬と一緒に無料しつけ相談に来ていただきました。
問題行動を見せてくれない
今回のポメラニアン。しつけ相談で話を聞くと、家ではとても凶暴で、祖母を含む家族全員を何回も出血するほど本気で噛んだ事があるので、今では触るのも怖いとのこと。
確かに話している間、愛犬が近寄って来ると、飼い主は「無意識に噛まれたらどうしよう」という不安が顔に出て避ける動きをしていました。
一方、愛犬のポメラニアンは噛む素振りもなく、平然とスカイラボの室内を探索していい子にしていました。
飼い主さんに「いつも外ではこんな感じですか?」と聞くと、「はい、そうなんです。トリミングに連れていっても、『とても良い子にしてましたよ』とトリマーさんに言われるんです。」との回答。
「うーん、今見ている限りでは問題なさそうに見えますね…」と話ながら愛犬を観察していると、ちょっと気がかりな行動が。年齢に比べるとちょっと落ち着きが無い。加えて飼い主に要求が多い印象。もう1つは、ちょっとシャイなのか自信が無いような素振り。
外と家では様子が大きく違うということで、一度訪問して家の環境と家での態度を見てからトレーニングメニューを作るしかないと思い、そう飼い主さんに提案をしました。
慣れた環境で見えてくる問題行動
すぐにでも来てほしいとのことで、翌日飼い主さんの家へ。呼び鈴を押そうとすると、愛犬が腰ぐらいの高さの窓から私を見て吠えています。無視をして呼び鈴を押すと、さらに強く吠え威嚇の唸りもし始めました。
この無駄ぼえは確かに酷いかも…と思いながら、なるべく愛犬を無視して飼い主さんと客間に行き話をしました。
まず無駄吠えの問題を解決する為に、なぜ小型犬が腰高の窓から顔を出せるのか聞きました。理由は、外が見れるように窓の下にイスを置いてあげているとのこと。飼い主さんの優しさからやっていることでした。
それを聞いて、最初の提案として、そのイスは撤去した方が良いと伝えました。
窓は交通量の多い正面道路に向いています。窓の外の動きや行き交う人が見えて刺激され、ポメラニアンは吠えていました。しかも窓越しから見ているので、行って確認したくても確認できず、唯一できることは尻尾を振りながら吠える事です。それに反応して人が寄ってくる→吠えたら構ってくれるんだと勘違いしてしまう。それでさらに吠えてしまうという悪循環が起きていました。理由を伝えると飼い主さんは「すぐ撤去します、ただ他にも問題があるんです。」
困った顔で飼い主さんは続けます「イスを撤去すると机に乗るんです。乗っているのを見て下そうとすると怒るんです。」ここでもう一つの問題点が浮上しました。
それは、家(群れ)のルールが無い事でした。この問題は、飼い主さんの一番の悩みである噛み癖の問題にも関連することです。最初の打開策として窓のあるこの部屋に一切入れさせない事にして様子見ることに。
犬の思い通りに行かない時に噛む
次に飼い主さんに「家のどこで、どんな状況でよく噛まれますか?」と聞くと、リビングへと通されました。
「テレビを見ている時やコタツでくつろいでいる時、物を動かしたり主人に物を渡したりする時に腕を噛まれるんです。息子も普通にコタツで寝そべってて愛犬が息子の上で寝ている時でも、息子が寝返りを打つと噛まれたりするんです」と言われ、リビングを見渡してみました。
ふと目に入ったのがコタツの後ろに置いてある2人がけのソファー。「このソファーは誰が使ってるんですか」と聞くと、「愛犬が使っています。私たちが座ると怒るので愛犬専用にしています。」とのこと。
「では、テレビとか見る時、人間はコタツで見てるんですか?」と続けて聞くと、その通り。さらに愛犬は夜もソファーで寝ているそう。部屋を見てみると犬用の扉もありました。
ここで私の疑いが確信へと変わりました。噛む問題はこのリビングに全て集中していて、飼い主が気づかないうちに犬と人間の立場が逆になってしまっていたのです。
リビングは人間の部屋ではなく愛犬の部屋になっていて、そこに入ってくる家族は犬から見るとゲスト。悪く言うと部外者の扱いです。犬は「自分の部屋で勝手な事をするのは許さないぞ」という立場で人間を見るようになり、それが時間と共に酷くなった結果、今では気に入らない事をされると犬は噛むという流れがリビングだけではなく家全体で起きてしまっていました。つまり、愛犬の「僕のルールに従わないと噛むよ」という流れが出来上がってしまていたのです。
そこで最初の提案として以下を伝えました。
・ソファーを撤去してリビングに自由に出入り出来ないようにする。
・愛犬をリビングに入れる場合は「よし」と許可を出してから入れる。
・廊下に置いてある未使用のケージを彼の部屋にする。
伝えた後、リビングに入る時のトレーニングを行い、さらにケージを快適にしてケージトレーニングを行いました。最後にフードガードもトレーニングで解決。これから数日どうなるか様子を見て、もし噛まれたら連絡くださいと伝えて、その日のトレーニングは終わりました。
2週間ほど経っても連絡がなく、上手く行ってるのかなと思っていた時、突然電話が鳴りました。
出てみると「昨日の夜噛まれました…」
「どこでですか?」と聞くと、「リビングです。トレーニングの後、噛むこともなく良い子にしてたのですが、急に昨夜噛まれました。良い子にしていたのでソファーと出入り口を解放してたんです。」と飼い主さんは話します。
原因を無くすトレーニングから行動変容へ進路変更
話を聞いた後、ここでトレーニング法を「噛む原因を撤去」から「噛まないトレーニング」に変更。長年噛んで自分の意思を通してきた犬の噛み癖を治すのはかなり難しいので、まずは2泊スカイラボで預かり様子を見ることにしました。スカイラボに着くと、犬は飼い主がいないせいかちょっと緊張気味。話に聞いていたような普段の態度等は全く出ず、大人しくリビングで探索しながら過ごしていました。
緊張をほぐすため散歩に連れて行くと、少し素が出てきたので犬舎のケージに入れてあげて一人にしてあげました。30分後様子を見に行くと、ケージからは威嚇の「ウーーー」が聞こえ、近づくと牙を剥き出しながら吠えてきました。彼はケージを自分の物にした!と思ったようです。これでトレーニングができると思い、長い心理戦の戦いが始まりました。 犬の行動はそれぞれ意味がありますが、原因は様々で一つのトレーニング法ではみんながみんな変わることはできません。同じ犬種でも個性や性格、心理的状況が違うからです。スカイラボのスカイ、アイラ、ロナは同じ犬種で、中でもロナはスカイとアイラどちらともと血も繋がっていますが、得手不得手はそれぞれ違います。ロナは水が大好きで、冬でも冷たい水に飛び込んでおもちゃを回収しますが、スカイは水は大好きでも冷たいのが嫌いでなるべく入らない方法で遊びます。たまに風がおもちゃを陸まで運んでくれるまで待っていることもある程です。アイラはまた違って、他の犬が回収してきたおもちゃを途中で取りに行くのが好きで、1匹よりも他の犬と一緒に遊ぶのが楽しいようです。このように家族でもこんな違いが出るので、トレーニングをする時は犬一匹一匹を見ながら、その犬に合わせたトレーニングがとても大事なのです。
今回のポメラニアンは性格がすごく明るいわけではなく、どちらかというとちょっと怖がりさん。けれども家では強気に出てボスのように振る舞ってしまいますに。
それを踏まえてとった最初のトレーニング法は心理戦。トレーニングには「ダメ」と言ったりビックリさせたり、超音波トレーニングなど色々ありますが、この子に合うのは強く出過ぎない自然なトレーニングがベストと思いました。時にトレーニング法を間違えると噛み癖や吠え癖が酷くなるケースもあります。特にこの子は恐怖心から噛んでいる訳ではない上に、怖がりなので、変に恐怖心を与えるとそれがスイッチとなり悪化する可能性が高いと判断しました。
そこで、まずはいくら吠えても唸っても状況は変わらないというトレーニングから始めました。
犬の目を見つめながらケージに近づき、吠えても暴れても視線を外さず黙って見る。吠えているかぎり目線を外さず後退りもしない。犬は、長い場合は1時間以上吠え続けます。それでも一歩も譲りません。犬が疲れるまで、あるいは飽きるまでずっと近くで鋭く強い視線を送り続けます。
いつか吠えなくなるのでそのチャンスがくるまで耐えると信じ、40分が経過したところでポメラニアンは吠えるのをやめました。辞めた段階でケージから離れてあげます。
立ち上がろうとした時また吠え始めたので、また吠え止むまで目線を送りました。今度は10分位で吠え止みました。吠えるのを辞めたのでまた立ち上がろうしたらまた吠える、の繰り返しを数回やると、やっと吠えられずに2~3メートル離れる事ができました。
次に吠えると嫌な事が起きるということを教えていきます。
今までこのポメラニアンは吠えたり噛んだりすると人は遠ざかってくれる、と認識しているので、その逆を教えていきます。
ここまでやっと2~3メートル離れられるようになりましたが、それ以上離れると吠えられるので、逆に吠えていたらまたケージのそばま強い雰囲気を出しながら勢いよく近づきます。 それを距離を伸ばしながら数回続けると、やっと犬舎の外にまで出られるようになりました(約15メートル)。ここで吠えないで外に出られたので、ご褒美と休憩を兼ねて1時間一人にさせてあげました。
休憩後試しに犬舎に戻って近づいて見ると、一切吠えず大人しく座ってこっちを見ていました。よしと思いご褒美に散歩に連れて行こう、でもケージに触ったら噛むだろうな…と思いながらケージを開けようとした瞬間、また威嚇が始まりました。
完全に本気で噛みにきていましたが、ここでも譲れない戦いが始まりました。ただ先程のトレーニングのおかげで諦めが早くなり、暴れる時間は1分程度に短縮しました。
飼い主さんから本気噛みをすると聞いていたので、試しに噛んでも良い木の棒をケージの隙間に入れてみました。落ち着いている子であればここで何だろうと匂いを嗅いだり近寄ったりという反応をしますが、このポメラニアンは勢いよく棒にガブっと噛み付き、棒がミシミシと軋む音と振動が伝わってきました。本来噛むのは犬からの警告のため、犬は噛む時パッと噛んですぐ離すことが多いのですが、この子は噛む時間が長く、しかも本気中の本気…。以前中型犬の噛む度合いを見るために使ったのと同じような棒を使ったのですが、ポメラニアンの破壊力の方が上回っていました。
ポメラニアンはペットショップから購入したと聞いていたので、母親やきょうだい同士で噛む強さや噛んだら痛いことを学ぶ前に引き離されたんだろうなと思い、カルテを見ると2ヶ月で購入、出身地は県外でしかも遠方。生まれたところから競り、輸送、店舗での準備の時間などを逆算すると大体生後1ヶ月位で引き離されている…と親から離れたのが早過ぎたことがわかりました。
この本気噛みを受けて、次に噛む事を無効化するトレーニングを始めました。
ネット上では噛まれたら痛い事をし返す、あるいはマズルを持って頭を叩くなど色々書いてありますが、そこがネットの怖いところです。そのトレーニング法は古い手法で、今では虐待として見られます。しかも必ずしもネットに書いてあるトレーニング法はその子に合っているとは限りません。最悪の場合、その悪い癖を悪化してしまうことにもなります。
今回は無駄吠えの時のトレーニングが効くと分かったので、同じようなトレーニングをしました。
それはあえて噛ませて何もしない、という方法です。今までは噛めば自分の思うようにいったので、人間とのコミュニケーションの方法が噛む事、と噛む行為が当たり前になっていました。その行為が続いたため、人間にはこういう対応をすれば言うことを聞いてくれる、と信じ込んでいる状態です。それをトレーニングで覆す事が重要なポイントです。
普通、人は噛まれたらすぐ手を引いて下がると思いますが、今回は犬が諦めるまで噛ませます。もちろん本気噛みなので最初は手袋を使って様子を見る事をしました。ポメラニアンは大型犬と違って噛む力は衰えますが、小さい骨を砕くくらいの力はあります。さらに鋭い牙を持ってるのでちょっとでも噛まれたら人間の手は出血します。 ※このトレーニング法は非常に危険なので真似しないでください。
早速トレーニング開始。ケージに手を入れるとポメラニアンはすぐ噛むので、手袋をはめてケージを開けて手を入れました。手を入れると同時にガブ!手の甲を思い切り噛んで離しません。普段そこで人間から痛い!と手を引く反応があるはずが、いつもと反応が違うと思ったのか、もっと強く噛み直してきました。手の骨と筋肉が潰されていく…これ以上強く噛まれたらとまずいかも、と頭の中で考えつつ耐えました。数秒後何かおかしいと思ったのか、噛む力を段々弱くして最後はスッと離しました。離したので少し手を動かしてみるとまた噛んできました。ただこの時の噛んでいる時間は最初の半分、10秒程度で離してくれました。
何度か繰り返し、最終的には手を動かしても体を触っても噛まなくなり、次のステージにいく事ができました。それは手袋の素材、色形を変えることです。犬は物を判別する力があるので、今まで使ってきた黒い手袋をはめていると噛んでも意味がないとわかってしまいます。そのため、あえて全く違う手袋を使って再度挑戦する事が大事です。
早速コストコで買った革の黄色い手袋をはめて同じように手を入れました。案の定すぐ手を噛んできましたがほんの1、2秒程度でした。しかも甘噛み程度の力に弱まっています。
それを数回繰り返し、反応が無くなるまでやり続けました。今度は素手で挑戦…自分の手が出血してボロボロになっても、この犬が家族のパートナーとして過ごせるようになるのであれば安い代償だ、と思い手を入れました。入れた瞬間がぶっ!痛い!でもすぐやめました。お!いい反応だと思い、噛まれながら体を触ったりしていると噛むのをやめてくれました。今でも傷跡は残っていますが、ポメラニアンが変わった証として嬉しく思っています。
これで大体噛み癖と無駄吠えが治ったので、ケージの扉を開けてあげて犬舎内を自由に過ごせるようにしました。これで自由度が高くなり自信も出てくるので、最後のステージまできました。後もう一日必要だったので、飼い主に相談し1泊延長。最終ステージはグンとハードルを上げて、強がらなくて良いとう勉強です。
犬舎で自由に過ごせるようになると、自信もつきだんだん主張をするようになります。ドアを開けたら吠えたり、急な動きをしたら唸ったりと、ちょっと最初の頃と同じ状態にさせるのが狙いでした。そこで私以外でもちゃんとしないとダメだよと教えるため、母性本能の強いアイラと一緒に犬舎に入りました。するとポメラニアンはアイラにちょっとびっくりしながらも無視をして、私に向かって吠えてました。するとアイラが真っ先にポメラニアンに走り寄って吠え始めました。それにびっくりしたポメラニアンは吠えるのをやめ、驚いた様子で座っていました。でもまた動くと吠え始め、その合図と一緒にアイラがダメと教えての繰り返し。なかなかこのハードルを超えられないのでロナも参加。ロナはまだ若いので何が起きてるか分からない様子でしたが、だんだん状況がわかってきてアイラと一緒にトレーニングに参加しました。これで犬を含め3対1。立場がどんどん弱くなっていく中で、ポメラニアンも譲りません。最終的にはスカイを入れ総動員で最終訓練に挑みました。ちょっとでも吠えたり噛もうとしたらみんなで駆け寄り、群れ・家族のルールをちゃんと守ってと伝える。それを2時間ぐらい続けたら、やっと落ち着いて犬舎で動いたり走ったりしてもポメラニアンは怒らず普通に撫でても大丈夫な状態になりました。念のためケージの出入りの練習して人や犬の出入りを何回か繰り返して様子を見ましたが、今までの凶暴な反応はなくごく普通に過ごしていました。そこでパートナーである真希も部屋に入ってもらって様子を見ていましたが見事に無反応でした。
これでやっと自信を持って飼い主の元へ連れていけると思い、次の日長めの散歩に行ってから車に乗せて連れて行きました。さすがに疲れたのかポメラニアンは後部座席でぐっすり寝ていました。飼い主さんには最後に家のルールを守るようにして下さい、ソファーや犬用の扉も完全撤去して下さいと伝えて念を押しました。ただ今まで以上に愛情を注いでも受け止めてくれるので、どんどん良い部分を伸ばして家族の一員にして下さいと言いました。
また何かありましたらご連絡くださいと言って帰路につきました。
数日後、ラインで喜びのメッセージが届きました。すっかり落ち着いて家で過ごしています。頼んでもいない散歩も上手になって違う犬になった見たいと言ってくれて一件落着。
あれからもう2年も経ちますが噛まれたという連絡は全く来なくなりました。良かったー、と一安心です。
最後に愛情と優しさは愛犬にとって何より大切な物です。ただ犬の群れと同じようにお互いにしていいことと悪いことを理解して、そのルールの基で一緒に過ごすことも重要なことです。
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