去年生まれた子犬たちはもう6ヶ月。そろそろ去勢・避妊手術について考え始める時期になってきました。去勢・避妊手術については正解がなく様々な意見がある中で、最近の研究で段々分かって来たことがあります。
今回はイギリスとドイツにいる獣医の知り合いとアメリカにいるトレーナーにも意見を聞いて、現時点でわかってきていることを参考までに紹介したいと思います。
去勢のメリット
一般的に、去勢をした結果、犬の行動に次のような影響が出ると言われています。
・足を上げてマーキングする行為が減る。あるいは足を上げる前に去勢をすれば足を上げない。
※去勢をしたからといって必ずしもマーキング行為が改善するわけでもありません。足を上げる前にしても上げる子もいます。テストステロン(男性ホルモンの一種)は体全体で作られていて、去勢しても作られるので去勢後でもマーキング行為をする子もいます。
・支配性と凶暴性を抑える可能性が高い
一般的に、去勢手術によってテストステロンの低下することで凶暴性を抑えることができるといわれています。
ただ、先述したように去勢をしても完全にテストステロンがなくなる訳ではありません。このような問題行動があればトレーニングによる改善が必要になります。2017年の記事ですが、去勢によってテストステロンが減ることで攻撃性が減るとは限らない、他のホルモンの影響の方が大きいという研究結果も出ています。
参考記事:攻撃的な犬はホルモンに違い、改善に光
・他の犬に狙われない
自分の犬が優しい性格だったとしても、未去勢の場合他の犬からライバルとして見られる可能性があり喧嘩を売られる可能性もあります。
・集中力の向上
他の犬がライバルか良い遊び相手になるかが気になりすぎて、集中が保てないという事がへります。去勢をすることで他の犬があまり気にならないこともあります。
・マウンティングが減る
未去勢の場合他の犬、枕、毛布、ぬいぐるみ、時には人の足でマウンティング行為をする事があります。例え去勢済みの犬でもやる時がありますが、原因は運動不足、テンションの上がりすぎ、またはただ単にその行動がダメと教えられていないことからきていることが多いです。
・他のメス犬を追わない
メス犬のヒートは数キロ先から感知する事が出来ます。それにより未去勢の犬は興奮して鳴き出したら、ウロウロとしたり、ヨダレが止まらなくなったり、最悪の場合脱走する事もあります。
・前立腺肥大のリスクを抑える
未去勢の場合7歳以降の犬の8割が前立腺肥大の問題を抱えています。無症状の犬もいますが、もしおしっこやうんちを痛そう・辛そうにしていたら去勢をお勧めします。去勢によってテストステロンの数値が下がり前立腺が自然と縮みます。
・精巣腫瘍の可能性を無くす
未去勢の犬の7%に精巣腫瘍ができます。ただ基本的には転移せず9割の確率で完治するといわれていますが、去勢をすることで発症の可能性をゼロにします。
*もし飼っている犬が一歳以上で片方又は両方の睾丸が降りていなければ、降りている犬に比べて14倍の確率で精巣腫瘍のリスクが高まりますので去勢手術をお勧めします。
・肛門周囲瘻のリスクを低減
治すのがとても難しい病気で基本的に犬種問わず発症しますが、
好発犬種(最も起こりやすい犬種)はジャーマンシェパードとアイリッシュセッターです。
・計画していなかった子犬がうまれない
去勢のデメリット
・肥満になる可能性が2倍
肥満になるとあらゆる病気を発症するリスクがあります。基本的に肥満になる理由は去勢前と同じ量のフードをあげているからです。去勢後は犬のホルモンバランスが変わりメタボリズムに影響し、必要とするフードの量が減ります。去勢後、運動とフードを上手く調整すれば肥満にはなりません。
・血管肉腫のリスクが上がる
血管肉腫(血管の内側を覆っている細胞に発生するがんは、)生殖ホルモンが発症を多少抑えていると言われています。この病気は心臓や脾臓で発症し、去勢済みの犬は未去勢の犬より2倍の確率でなるともいわれてます。血管肉腫はどの犬種でもなり得ますが好発犬種は以下の犬種です。
アフガン イングリッシュ・セッター グレーター・スイス・マウンテン・ドッグ ゴールデン・レトリーバー サルーキ ジャーマン・シェパード ショートヘアード・ハンガリアン・ビズラ
スカイ・テリア スコティッシュ・テリア ドーベルマン バーニーズ・マウンテン・ドッグ ブービエ・デ・フランダース
フラットコーテッド・レトリーバー フレンチ・ブルドッグ ブルドッグ、ベルジアン・シェパード ボクサー ボストン・テリア ラブラール・レトリーバー ローデシアン・リッジバック ロットワイラー
・甲状腺機能低下症のリスク
生殖ホルモンがなくなると内分泌系に異常が起こり、甲状腺レベルが低下して体重が増加したり薄毛になったり、ぐったりしたりします。甲状腺サプリをあげれば良くなりますが、ずっとあげ続ける必要があります。
・犬の認知機能障害のリスク
認知機能障害のシニア犬は飼い主や家族に対していつもと違う行動を取ったり、家の中で迷子になったりする事があり、今まで教えてきたトレーニングを忘れてしまうケースもあります。未去勢の犬は生殖ホルモンがあるおかげで発症しにくいといわれてます。
・去勢手術のリスク
欧米の調査では20回に1回の確率で去勢手術のトラブルが発生するといわれてます。例えば麻酔の拒絶反応や感染症等、ほとんどのトラブルは命に大きく影響はないですが1%の確率で死に至る事もあります。
・去勢手術のタイミングを間違えると股異形成(股関節形成不全)、靭帯損傷、骨がん、尿失禁のリスクが増す
生殖ホルモンは犬の骨、関節と内臓を正しく発達させてくれます。早く去勢をしてしまうとその発達に影響を及ぼしてしまう事もあります。例えば、手術のタイミングが早すぎると足の骨の成長スピードに影響が出て、股異形成と靭帯損傷に繋がる可能性もあります。加えて、去勢手術が早過ぎると適正時期に去勢した犬、または未去勢の犬に比べて骨がんのリスクが4倍に膨れ上がるといわれています。
いつ去勢すれば良いの?
犬種に寄りますが基本的には成犬時の体重をベースにしてタイミングを決めます。
・成犬時の体重が13kg以下の犬は9ヶ月以降にすると良い。
(チワワ、ダックスフンド、ポメラニアン他)
・成犬時の体重が13kgから22kgの犬は12ヶ月以降が良い。 (柴犬、コーギー、ボーダー・コリー他) ・成犬時の体重が22kg以上の犬は15ヶ月以降が良い。 (ジャーマン・シェパード、ラブラドール他)
最近の調査結果を見ていると、今までよく言われてきた「犬種問わず6ヶ月までに去勢をするべき」というのは果たして正しいのか疑問が湧きます。
去勢で問題行動は直る?
この質問はスカイラボでもよく聞かれます。噛み癖がひどいので去勢を早くした方が良いのでは?他の犬と仲良く遊べないから去勢したら遊べるようになりますか?よく吠えるので去勢をしたら大人しくなるでしょうか?など、去勢をすれば問題行動は収まるのではないか…逆に言うと去勢をしていないから、このような問題行動が起こるのでは、という話をよく聞きます。
最初の質問である「去勢で問題行動は直る?」については、「いいえ」が安全な答えです。問題行動が減る可能性はあるかもしれません。ただ、その問題行動を覚えてしまった以上トレーニングが必要になるケースが多いです。 そもそもその問題行動は本当に去勢してないから起こるのでしょうか? 例えばドッグランで遊んでいる時、新しく入ってくる犬全員に喧嘩を売りに行くのは未去勢だから?果たして絶対にそうなのでしょうか。他に原因があるかもしれません。例えば喧嘩を売ってしまう犬はいつも1時間以上ドッグランにいて毎日のように来ているのであれば、その行為の原因はドッグランに長くいすぎるからです。ドッグランをみんなの物ではなく自分の物にしてしまって、自分のルールを押し付けようしているからです。その行為は去勢・未去勢関係なくそのような環境を作ることで起こり得る問題行動です。
人間も同じです。例えば初めて行ったバーあるいは地元の居酒屋に行って入ってみると常連さん達がジロジロ見て来てちょっと嫌な思いした事は一回はあるはずです。常連さんは悪気が無くってもその店に慣れてしまった分変化に敏感になってしまってるのです。
ドッグランで喧嘩する常連の犬の直し方はいくつかあります。他の犬が来るのが見えたら呼び寄せて側にいさせて相手の犬を観察してから挨拶をするようにする。ドッグランにいる時間を15分から30分程度にして、出来れば2週間から3週間に一回程度そのドッグランに行くようにして少しずつ自分のテリトリーだという意識は薄れさせる、などです。他のドッグランに行くというのも良いと思います。もしかしたらまた行動が変わるかもしれません。
マーキングやおしっこ問題は直る?
効果的ではありますが必ず効くとは言い切れません。その犬の自信のレベルやホルモンバランスに左右されます。もちろん癖でやってしまっている子もいますので去勢してもし続ける子もいます。
スカイラボでは常時マーキングする犬を預かったりしますが、その中でもケージに入れてもケージの中から外へ360°マーキングをした大物がいました。去勢したら直ったという犬も入れば、全く変わらない子もいました。マーキングやおしっこ問題はトレーニングもそうですが、環境の改善で直るケースも多々あります。
去勢しないで交配させようと思っておりますが大丈夫ですか?
交配してから以下の問題点・懸念点が出てくる可能性があります。
1.マーキング行為と積極性が増す
2.マウンティング行為が犬や人に対して過激になる
3.飼い主を無視するようになる。他に犬がいたら特に聞かない。
4.喧嘩が多くなる。
また、交配したからといって、必ずしも自分の犬のような犬が生まれるとは限りませんし、責任を持ってちゃんとしたブリーディングするには時間、労力とお金がかかります。利益目的であればお勧めしません。(ではなんでペットショップが成り立っているのかは長くなるのでまた今度)
手術のリスクを下げるには?
いつも使っている獣医さんで信頼している獣医さんならいいですが、初めて犬を飼った人や初めて動物病院を利用する場合は心配なものです。獣医さんには聞きにくいかも知れませんが心配でしたら以下のことを聞いてみると良いでしょう。
「全身麻酔はセボフルランあるいはイソフルランを使ってますか?」
そのどちらかを使ってる所だったら良いと思います。セボフルランとイソフルランは両方とも吸引するガスで犬の気管に管を通して送り込む手法です。手術中濃度を調整ができ、手術が終わればそのガスは口から出て数分で意識を取り戻せます。
ハロタンを使っているなら注意。意識が戻るまで時間も掛かり肝臓に負担がかかり過ぎるので避けた方が良いです。
全身麻酔をする場合管を気管を通すため鎮静剤も必要になって来ます。鎮静剤は注射あるいは点滴で投与しますが、出来ればプロポフォールあるいはジアゼパムとケタミンの混合剤がお勧めです。ただ残念ながら両方にリスクはあります。 プロポフォールは息が止まってしまうケースもあり、ケタミンは痙攣を起こす可能性があります。 最も避けたいのはバルビツール酸系の鎮静剤。過剰摂取しやすく肝臓や腎臓に負担がかかり、意識が正常に戻るまで時間がかかります。
落ち着いてる犬は逆にセボフルランあるいはイソフルランを使ってマスクで鎮静させる事も可能です。麻酔と同じガスなので注射や点滴も要らないので負担が軽くなりますが。 ちょっとでも嫌がったりして抵抗すると心拍や血圧が上がり恐怖心やストレスが加わってしまうので、本当に落ち着いてマスクを装着できる子しか出来ない方法です。
以上の事を聞いてみるとちょっとは安心できるかもしれません。
去勢についてまだ色々と書けますが、長くなっちゃうのでここまでにしておきます。 スカイラボとしてはどちらを選んでも間違いではないと思います。まだ獣医学的に明確にわからない事が多いので去勢という課題は飼い主そしてご家族が話し合って決める事だと思います。ただ去勢を選ぶ場合は、犬の健康のために時期を慎重に判断したいところです。
避妊手術に関してはこちら
参考記事等:
Neutering Dogs: Effects on Joint Disorders and Cancers in Golden Retrievers
Long-term health effects of neutering dogs: comparison of Labrador Retrievers with Golden Retrievers.
Our Dogs, Ourselves: The Story of a Singular Bond
vet AUDIT
New Report on Complication Rates for Neutering Surgery in Dogs and Cats
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